第9

章3-第9

 

聴:

 

 

不思議なサバ売り

 

奈良の東大寺(とうだいじ)で、「華厳経(けごんきょう)」というお経(きょう)の話しをする会が、初めてもよおされる事になった時のお話しです。


 会の日取りは決まりましたが、お経の話しをしてくれる人を誰にするか、なかなか決めかねていました。
 その時、天皇(てんのう)が、
「夢で告げられた事だが、朝一番先に寺の門前で出会った者を先生にするがよい」
と、お寺に伝えて来たのです。
 お寺ではその通りにする事にして、その日の夜明けを待ちました。
 すると、お寺の前を一番先に通りかかったのは、魚を入れた大きなザルをてんびん棒でかついだサバ売りだったのです。
(はて、この人に、お経の話が出来るのだろうか?)
と、思いましたが、天皇の夢のお告げですから、だまって見送ってしまうわけにはいきません。
 サバ売りを呼び止めて、わけを話すと、
「と、とんでもねえ。わしはこうして、サバを売って暮らしておるだけの者じゃ。お経の話しだなんて、とてもとても」
「しかし、天皇のお告げが」
「天皇なんて、関係ねえ。
 生臭い魚は食わねえ坊さんたちにはわかるめえが、サバという魚は、すぐに腐るんじゃ。
 『生き腐れ』と言って、それこそ生きている間にも腐るんじゃ。
 さあ、ひまをつぶしておるわけにはいかんから、道を開けてくだされ」
「まあまあ、そこをなんとか」
 立ち去ろうとするサバ売りをお寺の人たちはなおも引きとめて、やっとの事で本堂へ連れて行きました。
「・・・仕方ねえな」
 観念したサバ売りは、八十匹の魚を入れたままのザルを机の上に置きました。
「あんな生臭い物を、机の上に置くとは」
 集まった人たちが困った表情をしましたが、不思議な事に八十匹のサバはたちまち八十巻のお経の巻物にかわったのです。
 そして口を開き始めたサバ売りの言葉を聞いて、人々はビックリしました。
 サバ売りは古いインドのお経の言葉で話し始め、途中で話を止めると机の前から立ち上がって本堂から出て行ってしまったのです。
 不思議なサバ売りが魚をかついでいたてんびん棒は、回廊(かいろう→長くて折れ曲った廊下)の前につき立ててありました。
 その棒からはたちまち枝や葉っぱが出て、柏槙(びゃくしん→ヒノキ科の常緑高木)という木になりました。
 もしかするとサバ売りは、仏さまだったのかもしれません。

 こののち、東大寺で毎年三月十四日に開かれるお経のお話会の先生は、このサバ売りにならってお話しを途中で止めて、本堂からだまって外へ出ていく事になったという事です。


 

おしまい

 

ふりがな

 

聴: 

 

 

不思議なサバ売り

 

奈良なら東大寺とうだいじ(とうだいじ)で、「華厳経けごんきょう(けごんきょう)」というおけい(きょう)のはなしをするかいが、はじめてもよおされることになったときのおはなしです。

 
かい日取ひどりはまりましたが、おけいはなしをしてくれるひとだれにするか、なかなかめかねていました。
 その
とき天皇てんのう(てんのう)が、
ゆめげられたことだが、あさいちばんさきてら門前もんぜん出会であったもの先生せんせいにするがよい」
と、お
てらつたえてたのです。
 お
てらではそのとおりにすることにして、その夜明よあけをちました。
 すると、お
てらまえ一番いちばんさきとおりかかったのは、さかなれたおおきなザルをてんびんぼうでかついだサバりだったのです。
(はて、この
ひとに、おけいはなし出来できるのだろうか?)
と、
おもいましたが、天皇てんのうゆめのおげですから、だまって見送みおくってしまうわけにはいきません。
 サバ
りをめて、わけをはなすと、
「と、とんでもねえ。わしはこうして、サバを
ってらしておるだけのものじゃ。おけいはなしだなんて、とてもとても」
「しかし、
天皇てんのうのおげが」
天皇てんのうなんて、関係かんけいねえ。
 
生臭なまぐささかなわねえぼうさんたちにはわかるめえが、サバというさかなは、すぐにくさるんじゃ。
 『
ぐされ』とって、それこそきているにもくさるんじゃ。
 さあ、ひまをつぶしておるわけにはいかんから、
みちけてくだされ」
「まあまあ、そこをなんとか」
 
ろうとするサバりをおてらひとたちはなおもきとめて、やっとのこと本堂ほんどうれてきました。
「・・・
仕方しかたねえな」
 
観念かんねんしたサバりは、はちじゅうひきさかなれたままのザルをつくえうえきました。
「あんな
生臭なまぐさものを、つくえうえくとは」
 
あつまったひとたちがこまった表情ひょうじょうをしましたが、不思議ふしぎことはちじゅうひきのサバはたちまちはちじゅうかんのおけい巻物まきものにかわったのです。
 そして
くちひらはじめたサバりの言葉ことばいて、人々ひとびとはビックリしました。
 サバ
りはふるいインドのおけい言葉ことばはなはじめ、途中とちゅうはなしめるとつくえまえからがって本堂ほんどうからってしまったのです。
 
不思議ふしぎなサバりがさかなをかついでいたてんびんぼうは、回廊かいろう(かいろう→ながくてまがった廊下ろうか)のまえにつきててありました。
 その
ぼうからはたちまちえだっぱがて、かしわまき(びゃくしん→ヒノキ常緑じょうりょく高木たかぎ)というになりました。
 もしかするとサバ
りは、ふつさまだったのかもしれません。

 こののち、
東大寺とうだいじ毎年まいとしさんがつじゅうよんにちひらかれるおけいのおはなしかい先生せんせいは、このサバりにならっておはなしを途中とちゅうめて、本堂ほんどうからだまってそとていくことになったということです。

 

おしまい

 
 

 
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