第3

章3-第3

 

聴:

 

 

鉄砲屋八兵衛(てっぽやはちべえ)

 

むかし、ある町に鉄砲を作る職人の八兵衛(はちべえ)という人が住んでいました。
 八兵衛はウグイスが大好きで、美しい声のウグイスを何羽も飼っています。

 ある日の事、この町の宿屋に名古屋の殿さまが参勤交代の途中で一泊しました。
 その殿さまが、どこからか聞こえてくる八兵衛のウグイスの美しい鳴き声を聞いたのです。
「何と美しい、ウグイスの声だ。これはぜひとも、江戸へ連れて行きたいものだ」
 そこで殿さまは家来に命じて、ウグイスを探させました。
 そして家来は、八兵衛の家のウグイスを見つけたのです。
「おおっ、これだな。殿が探しておられるウグイスは」
 家来はウグイスの鳥かごを勝手に取ると、側にいた八兵衛の足下に一分金(いちぶきん→一両の1/4の価値のお金)のお金を投げました。
「殿がお望みじゃ。このウグイスをもらっていくぞ」
 すると八兵衛は投げられたお金を拾おうとはせずに、家来からウグイスの鳥かごを取り返しました。
「人のウグイスを勝手に持って行くとは、何事だ! わたしは鳥屋でも、こじきでもない」
「なんだと!」
 家来はかんかんに怒りましたが、確かに言い分は八兵衛にあるので、そのまま帰って行きました。

 実はこの八兵衛、ウグイスを大事にしてくれそうな人には、
「どうか、可愛がっておくれよ」
と、お金も受け取らずにウグイスをあげる人です。
 でも、さっきの家来の様な態度の人には、いくらお金をもらってもウグイスをやる気にはならなかったのです。

 しばらくするとまたさっきの家来がやって来て、八兵衛に言いました。
「殿に、『十分に礼をつくして、買いとってまいれ』と、言われた。さあ、これで十分だろう。そのウグイスをよこすんだ」
 そう言って家来が一両のお金を差し出したので、八兵衛は、ますます怒って言いました。
「生き物の命を、金で買い取ろうとは何と傲慢(ごうまん)な! そんな金、ウグイスのひと鳴きの価値も無いわ!」
 すると家来は、刀に手をかけました。
「傲慢とは、無礼な!」
 しかし八兵衛は、少しも怖がらずに言い返しました。
「ウグイスは我が子同然! その子どもを売らないからと言って、何が無礼だ!」
「ぬっ、ぬぬぬ・・・」
 今度も言い分は八兵衛にあるので、家来たちはそのまま帰って行きました。

 さて、この話を家来から聞いた殿さまは、刀を持って立ち上がりました。
「その様なふとどき者は、切り捨てる!」
 そして八兵衛の家にやって来ると、八兵衛に怒鳴りつけました。
「鉄砲屋八兵衛とは、お前か!」
 しかし出て来た八兵衛が、とてもするどい眼光の持ち主だったので、
(こやつ、ただの鉄砲屋ではないな)
と、殿さまは思い、態度を変えて八兵衛にたずねました。
「突然押し入って、失礼した。そちは鉄砲屋だそうだが、何流を心得ている」
 無礼な態度なら、殿さまでも追い返そうと思っていた八兵衛ですが、殿さまが急に態度を変えてたずねてきたので、八兵衛は返答に困りました。
「はっ、はあ。三星流(みつぼしりゅう)を、少しばかり学びましてございます」
「三星流? 聞かぬ流儀じゃが。・・・よし、では射ってみろ! 的はあれじゃ」
 殿さまはそう言って、せんすで庭先のクモの巣を示しました。
 梅の枝から軒にかけた巣の真ん中に、アズキ大のクモが春風に小さくゆれています。
 それを見て八兵衛は、ごくりとつばを飲み込みました。
(この殿さま、鉄砲作りの腕だけでなく、鉄砲の腕も試すつもりか。
 そして仕損ずれば、切腹。
 ・・・いや、お手討ちであろう。
 ここで土下座をして謝れば許してもらえるかもしれんが、そんな事をすれば一生の恥だ!)
 八兵衛は意を決すると、最近作り上げたばかりの鉄砲を持って来ました。
 そしてクモを狙うと、神さまに祈りました。
(わが命は、少しもおしくはない。だが武門の意地、なにとぞ、あの的をうたせたまえ)
 バーン!
 鉄砲の玉は見事クモに命中し、クモの巣には丸い穴だけが残りました。
 それを見た殿さまは、にっこり笑って言いました。
「あっぱれ、八兵衛! どうだ、余に仕官せぬか?」
 これは、とても栄誉な事です。
 しかし八兵衛は、殿さまに頭を下げて言いました。
「ありがたきお言葉。しかしわたしに仕官の望みはなく、よい鉄砲を作る事を喜びとしております」
 すると殿さまは怒る事なく、八兵衛に短刀一振りと印籠(いんろう)をほうびに下さったのです。

 その後、殿さまの人柄にほれた八兵衛は、殿さまに一番良い声のウグイスを献上したという事です。

 

おしまい

 

ふりがな

 

聴: 

 

 

鉄砲屋八兵衛(てっぽやはちべえ)

 

むかし、ある町まちに鉄砲てっぽうを作つくる職人しょくにんの八兵衛はちべえ(はちべえ)という人ひとが住すんでいました。
 
八兵衛はちべえはウグイスが大好だいすきで、美うつくしい声こえのウグイスを何なん羽わも飼かっています。

 ある
日ひの事こと、この町まちの宿屋やどやに名古屋なごやの殿とのさまが参勤交代さんきんこうたいの途中とちゅうで一泊いっぱくしました。
 その
殿とのさまが、どこからか聞きこえてくる八兵衛はちべえのウグイスの美うつくしい鳴なき声ごえを聞きいたのです。
「
何なにと美うつくしい、ウグイスの声こえだ。これはぜひとも、江戸えどへ連つれて行いきたいものだ」
 そこで
殿とのさまは家来けらいに命めいじて、ウグイスを探さがさせました。
 そして
家来けらいは、八兵衛はちべえの家いえのウグイスを見みつけたのです。
「おおっ、これだな。
殿しんがりが探さがしておられるウグイスは」
 
家来けらいはウグイスの鳥とりかごを勝手かってに取とると、側がわにいた八兵衛はちべえの足下あしもとに一いち分ふん金きん(いちぶきん→一両いちりょうの1/4の価値かちのお金かね)のお金かねを投なげました。
「
殿しんがりがお望のぞみじゃ。このウグイスをもらっていくぞ」
 すると
八兵衛はちべえは投なげられたお金かねを拾ひろおうとはせずに、家来けらいからウグイスの鳥とりかごを取とり返かえしました。
「
人ひとのウグイスを勝手かってに持もって行いくとは、何事なにごとだ! わたしは鳥屋とりやでも、こじきでもない」
「なんだと!」
 
家来けらいはかんかんに怒いかりましたが、確たしかにい分いぶんは八兵衛はちべえにあるので、そのまま帰かえって行いきました。

 
実じつはこの八兵衛はちべえ、ウグイスを大事だいじにしてくれそうな人ひとには、
「どうか、
可愛かわいがっておくれよ」
と、お
金かねも受うけ取とらずにウグイスをあげる人ひとです。
 でも、さっきの
家来けらいの様ような態度たいどの人ひとには、いくらお金かねをもらってもウグイスをやる気きにはならなかったのです。

 しばらくするとまたさっきの
家来けらいがやって来きて、八兵衛はちべえに言いいました。
「
殿しんがりに、『十分じゅうぶんに礼れいをつくして、買かいとってまいれ』と、言いわれた。さあ、これで十分じゅうぶんだろう。そのウグイスをよこすんだ」
 そう
言いって家来けらいが一いち両りょうのお金かねを差さし出だしたので、八兵衛はちべえは、ますます怒おこって言いいました。
「
生いき物ものの命いのちを、金かねで買かい取とろうとは何なにと傲慢ごうまん(ごうまん)な! そんな金かね、ウグイスのひと鳴なきの価値かちも無ないわ!」
 すると
家来けらいは、刀かたなに手てをかけました。
「
傲慢ごうまんとは、無礼ぶれいな!」
 しかし
八兵衛はちべえは、少すこしも怖こわがらずにい返いかえしました。
「ウグイスは
我わが子こ同然どうぜん! その子こどもを売うらないからと言いって、何なにが無礼ぶれいだ!」
「ぬっ、ぬぬぬ・・・」
 
今度こんどもい分いぶんは八兵衛はちべえにあるので、家来けらいたちはそのまま帰かえって行いきました。

 さて、この
話はなしを家来けらいから聞きいた殿とのさまは、刀かたなを持もって立たち上あがりました。
「その
様ようなふとどき者しゃは、切きり捨すてる!」
 そして
八兵衛はちべえの家いえにやって来くると、八兵衛はちべえに怒鳴どなりつけました。
「
鉄砲てっぽう屋や八兵衛はちべえとは、お前まえか!」
 しかし
出でて来きた八兵衛はちべえが、とてもするどい眼光がんこうの持もち主ぬしだったので、
(こやつ、ただの
鉄砲てっぽう屋やではないな)
と、
殿とのさまは思おもい、態度たいどを変かえて八兵衛はちべえにたずねました。
「
突然とつぜん押おし入いって、失礼しつれいした。そちは鉄砲てっぽう屋やだそうだが、何なに流りゅうを心得こころえている」
 
無礼ぶれいな態度たいどなら、殿とのさまでも追おい返かえそうと思おもっていた八兵衛はちべえですが、殿とのさまが急きゅうに態度たいどを変かえてたずねてきたので、八兵衛はちべえは返答へんとうに困こまりました。
「はっ、はあ。
三星みつぼし流りゅう(みつぼしりゅう)を、少すこしばかり学まなびましてございます」
「
三星みつぼし流りゅう? 聞きかぬ流儀りゅうぎじゃが。・・・よし、では射うってみろ! 的てきはあれじゃ」
 
殿とのさまはそう言いって、せんすで庭先にわさきのクモくもの巣すを示しめしました。
 
梅うめの枝えだから軒のきにかけた巣すの真まん中なかに、アズキ大だいのクモが春風しゅんぷうに小ちいさくゆれています。
 それを
見みて八兵衛はちべえは、ごくりとつばを飲のみ込こみました。
(この
殿とのさま、鉄砲てっぽう作づくりの腕うでだけでなく、鉄砲てっぽうの腕うでも試ためすつもりか。
 そして
仕つかまつ損そんずれば、切腹せっぷく。
 ・・・いや、お
手て討うちであろう。
 ここで
土下座どげざをして謝あやまれば許ゆるしてもらえるかもしれんが、そんな事ことをすれば一生いっしょうの恥はじだ!)
 
八兵衛はちべえは意いを決けっすると、最近さいきん作つくり上あげたばかりの鉄砲てっぽうを持もって来きました。
 そしてクモを
狙ねらうと、神かみさまに祈いのりました。
(わが
命いのちは、少すこしもおしくはない。だが武門ぶもんの意地いじ、なにとぞ、あの的まとをうたせたまえ)
 バーン!
 
鉄砲てっぽうの玉たまは見事みごとクモに命中めいちゅうし、クモくもの巣すには丸まるい穴あなだけが残のこりました。
 それを
見みた殿とのさまは、にっこり笑わらって言いいました。
「あっぱれ、
八兵衛はちべえ! どうだ、余よに仕官しかんせぬか?」
 これは、とても
栄誉えいよな事ことです。
 しかし
八兵衛はちべえは、殿とのさまに頭あたまを下さげて言いいました。
「ありがたきお
言葉ことば。しかしわたしに仕官しかんの望のぞみはなく、よい鉄砲てっぽうを作つくる事ことを喜よろこびとしております」
 すると
殿とのさまは怒おこる事ことなく、八兵衛はちべえに短刀たんとう一いち振ふりと印籠いんろう(いんろう)をほうびに下くださったのです。

 その
後ご、殿とのさまの人柄ひとがらにほれた八兵衛はちべえは、殿とのさまに一番いちばん良よい声こえのウグイスを献上けんじょうしたという事ことです。
 

おしまい

 
 
 
 
 
A p p   F o r   P h o n e
  • Android
  •   
  • iOS

App 4.0 ↓
A p p   F o r   P h o n e
  • Android
  •   
  • iOS 4.3