第9

章2-第9

 

聴:

 

 

千亀女(せんかめじょ)

 

むかしむかし、向川原(むこうがわら)というところに、千亀女(せんかめじょ)という名の美人がいました。
 町を歩くと、千亀女の方を振り返らない者はいないくらいの美人です。
 母は千亀女が何よりの自慢で、日に一度は用もないのに千亀女を連れて町をひと回りするのです。
「千亀女は、志布志(しぶし)一の美人じゃ」
と、もてはやされる日が何年も続きました。

 さて、ある年の事、宝満寺(ほうまんじ)という寺に観音さまが迎え入れられました。
 何でも東大寺の仁王像を造った事で有名な運慶(うんけい)の作という事で、とても美しい観音さまです。
 志布志の町は、その観音さまの評判で持ちきりになりました。
「観音さまとはいえ、これは放ってはおけぬわ」
 対抗心を燃やした母は千亀女に念入りに化粧をさせて、観音さまを拝みに行きました。
 その帰り道、二人は山門の所で一休みするふりをしながら、人々の噂に耳を傾けるのです。
「今日の千亀女は、特別に美しかったのう」
(ふん。当たり前じゃ)
「じゃが、観音さまのあの美しさには、ちょっとかなわんじゃろう」
(なんですって!)
「そうじゃのう。やっぱり観音さまが上で、その次が千亀女ということになるのう」
(きぃーーっ! くやしいーーー!)
 これを聞いた母は、地団駄を踏んでくやしがりました。
 千亀女は、声をあげて泣き出します。
「これは、どうにかせねば」
 二人は相談を始めて、夜明け近くになって良い考えが浮かんだのか、二人はこっそり家を抜け出しました。
 そして二人は宝満寺(ほうまんじ)に忍び込むと、観音さまを裏庭に引きずり出しました。
 そして松の青葉を積み上げる、火をつけて観音さまの顔をいぶし始めたのです。
 黒い煙がもくもくと立ち上り、やがて観音さまの顔は真っ黒になってしまいました。
「よしよし、うまくいったよ」
 二人は顔を見合わせてにっこり笑うと、何事もなかったかの様に家へ帰り、安心してぐっすりと眠りました。
 やがて昼近くになってやっと目を覚ました母は、側で寝ている千亀女を見て、
「ぎゃぁぁーーーーっ!」
と、叫び声をあげました。
 その悲鳴に、千亀女も目を覚ましました。
「あわわわ、あわわわ」
 母が自分の顔を指差して口をパクパクさせているので、何事かと鏡をのぞいたとたん、
「きゃぁぁーーーーっ!」
と、千亀女も声をあげました。
 なんと美しい千亀女の顔に、黒いあばたがいっぱい出来ているのです。
 そればかりではなく、左足がズキズキすると思ったら、左足が胴体と同じくらいに膨れあがっているのです。
 きっと、観音さまのばちが当たったのでしょう。
 それから後、千亀女は脚の醜さだけでも隠そうと、地面にひきずるような長い着物を着る様になったという事です。


 

おしまい

 

ふりがな

 

聴: 

 

 

千亀女(せんかめじょ)

むかしむかし、向川原むかいかわら(むこうがわら)というところに、せんひさしおんな(せんかめじょ)という美人びじんがいました。
 
まちあるくと、せんひさしおんなほうかえらないものはいないくらいの美人びじんです。
 
ははせんかめおんななによりの自慢じまんで、いちようもないのにせんかめおんなれてまちをひとまわりするのです。
せんかめおんなは、志布志しぶし(しぶし)いち美人びじんじゃ」
と、もてはやされる
なんねんつづきました。

 さて、ある
としことたからみつるてら(ほうまんじ)というてら観音かんのんさまがむかれられました。
 
なにでも東大寺とうだいじ仁王におうぞうつくったこと有名ゆうめい運慶うんけい(うんけい)のさくということで、とてもうつくしい観音かんのんさまです。
 
志布志しぶしまちは、その観音かんのんさまの評判ひょうばんちきりになりました。
観音かんのんさまとはいえ、これははなってはおけぬわ」
 
対抗たいこうしんやしたははせんかめおんな念入ねんいりに化粧けしょうをさせて、観音かんのんさまをおがみにきました。
 その
かえみちにん山門さんもんところ一休ひとやすみするふりをしながら、人々ひとびとうわさみみかたむけるのです。
今日きょうせんかめおんなは、特別とくべつうつくしかったのう」
(ふん。
たりまえじゃ)
「じゃが、
観音かんのんさまのあのうつくしさには、ちょっとかなわんじゃろう」
(なんですって!)
「そうじゃのう。やっぱり
観音かんのんさまがうえで、そのつぎせんかめおんなということになるのう」
(きぃーーっ! くやしいーーー!)
 これを
いたははは、地団駄じだんだんでくやしがりました。
 
せんひさしおんなは、こえをあげてします。
「これは、どうにかせねば」
 
にん相談そうだんはじめて、夜明よあちかくになってかんがえがかんだのか、にんはこっそりいえしました。
 そして
にんたからみつるてら(ほうまんじ)にしのむと、観音かんのんさまを裏庭うらにわきずりしました。
 そして
まつ青葉あおばげる、をつけて観音かんのんさまのかおをいぶしはじめたのです。
 
くろけむりがもくもくとのぼり、やがて観音かんのんさまのかおくろになってしまいました。
「よしよし、うまくいったよ」
 
にんかお見合みあわせてにっこりわらうと、何事なにごともなかったかのよういえかえり、安心あんしんしてぐっすりとねむりました。
 やがて
ひるちかくになってやっとましたははは、がわているせんかめおんなて、
「ぎゃぁぁーーーーっ!」
と、
さけごえをあげました。
 その
悲鳴ひめいに、せんひさしおんなましました。
「あわわわ、あわわわ」
 
はは自分じぶんかお指差ゆびさしてくちをパクパクさせているので、何事なにごとかとかがみをのぞいたとたん、
「きゃぁぁーーーーっ!」
と、
せんひさしおんなこえをあげました。
 なんと
うつくしいせんかめおんなかおに、くろいあばたがいっぱい出来できているのです。
 そればかりではなく、
左足ひだりあしがズキズキするとおもったら、左足ひだりあし胴体どうたいおなじくらいにふくれあがっているのです。
 きっと、
観音かんのんさまのばちがたったのでしょう。
 それから
せんひさしおんなあしみにくさだけでもかくそうと、地面じめんにひきずるようななが着物きものようになったということです。
 

おしまい

 
 
 
 
 
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