第7

章2-第7

 

聴:

 

 

牛に引かれて、善光寺参り

 

むかしむかし、布引山(ぬのびきやま)という山のふもとのある村に、とてもケチなおばあさんが住んでいました。
 おばあさんは、いつも一人ぼっちでしたが、それをさびしいと思った事は一度もありません。
(誰かと仲良くしたら、お茶やお菓子を出して、わしが損をする。それに家にあげれば、部屋が汚れる。だから、一人がいい)

 さて、今日は村の近くの善光寺(ぜんこうじ)というお寺で、お祭りがある日です。
 おばあさんが庭で白い布を干していると、お祭りへ行く村人たちが声をかけて来ました。
「おばあさん、今日は善光寺へ行く日よ」
「ねえ、みんなとお参りしましょう」
 でもおばあさんは返事もしないで、白い布を干し続けていました。
「やれやれ、やっぱり駄目か」
 村人たちは誘うのをあきらめて、行ってしまいました。
 その後ろ姿を見ながら、おばあさんは言いました。
「寺に行って金を使うなんて、もったいないねえ。それにわたしゃあ、神も仏も大嫌いさ。拝んだところで、腹一杯になるわけじゃなし、お布施(ふせ)を取られて大損だよ」
 するとその時、どこから来たのか、おばあさんの目の前に大きな牛が現れたのです。
「うひゃーっ!」
 おばあさんがびっくりして声を上げると、その声に驚いた牛が、おばあさんの干していた白い布を角に引っかけて駆け出しました。
「ああ、こら、待て!」
 おばあさんは、牛を追いかけます。
 牛は白い布を角に引っかけたまま、どんどん走って行きます。
 その早い事。
 菜の花畑を駆け抜けて、桜林を駆け抜けて、まるで風の様に走ります。
 そして牛は善光寺まで来ると、門をくぐって境内へ走り込みました。
 その後を、おばあさんも叫びながら走り込みました。
「こらー! 牛ー! わたしの布を返せー!」
 ところが不思議な事に、牛の姿が突然消えてしまったのです。
「ああ、わたしの布が・・・」
 がっかりしたおばあさんは、その場へ座り込みました。
 もう疲れ切って、へとへとです。
 するとどこからか、やさしい声が聞こえて来ました。
 それは、お経を唱える声です。
 その声は、おばあさんをやさしく包み込みました。
 それはまるで、春の光が体の奥からゆっくりと広がって行く様です。
「おや、こんなにいい気持ちは初めてだ。心が暖かいよ」
 おばあさんは、目を閉じました。
 するとおばあさんの目から、涙がどんどんあふれました。
 その涙は、おばあさんの心をきれいにしていく様でした。
 やがてお経が終わる頃には涙も止まり、おばあさんの心はすっきりと晴れていました。
 おばあさんは、生まれて初めて手を合わせました。
「きっと仏さまが、わしをここへ連れて来て下さったんじゃ」
 それからというもの、おばあさんは村人たちに優しくする様に努めました。
 出来る手伝いがあれば、自分から進んで手を貸しました。
 そうすればするほど心が暖かくなるのを、おばあさんは知ったのです。
 おばあさんは、もう一人ぼっちではありません。
 いつも村人たちに囲まれる、心優しいおばあさんになったのです。

 さて、その事があってから、布引山には白いすじが見られるようになりました。
 それはおばあさんの白い布を引っかけて走って行った牛が白い布を山に残して、それがそのまま白い岩になったのだと言われています。


 

おしまい

 

ふりがな

 

聴: 

 

 

牛に引かれて、善光寺参り

むかしむかし、布引山ぬのびきやま(ぬのびきやま)というやまのふもとのあるむらに、とてもケチなおばあさんがんでいました。
 おばあさんは、いつも
一人ひとりぼっちでしたが、それをさびしいとおもったこといちもありません。
(
だれかと仲良なかよくしたら、おちゃやお菓子かしして、わしがそんをする。それにいえにあげれば、部屋へやけがれる。だから、いちにんがいい)

 さて、
今日きょうむらちかくの善光寺ぜんこうじ(ぜんこうじ)というおてらで、おまつりがあるです。
 おばあさんが
にわしろぬのしていると、おまつりへ村人むらびとたちがこえをかけてました。
「おばあさん、
今日きょう善光寺ぜんこうじよ」
「ねえ、みんなとお
まいりしましょう」
 でもおばあさんは
返事へんじもしないで、しろぬのつづけていました。
「やれやれ、やっぱり
駄目だめか」
 
村人むらびとたちはさそうのをあきらめて、おこなってしまいました。
 その
うし姿すがたながら、おばあさんはいました。
てらってかね使つかうなんて、もったいないねえ。それにわたしゃあ、かみほとけ大嫌だいきらいさ。おがんだところで、腹一杯はらいっぱいになるわけじゃなし、お布施ふせ(ふせ)をられて大損おおぞんだよ」
 するとその
とき、どこからたのか、おばあさんのまえおおきなうしあらわれたのです。
「うひゃーっ!」
 おばあさんがびっくりして
こえげると、そのこえおどろいたうしが、おばあさんのしていたしろぬのかくっかけてしました。
「ああ、こら、
て!」
 おばあさんは、
うしいかけます。
 
うししろぬのかくっかけたまま、どんどんはしってきます。
 その
はやこと
 
はなはたけけて、さくらりんけて、まるでかぜようはしります。
 そして
うし善光寺ぜんこうじまでると、もんをくぐって境内けいだいはしみました。
 その
を、おばあさんもさけびながらはしみました。
「こらー! 
うしー! わたしのぬのかえせー!」
 ところが
不思議ふしぎことに、うし姿すがた突然とつぜんえてしまったのです。
「ああ、わたしの
ぬのが・・・」
 がっかりしたおばあさんは、その
すわみました。
 もう
つかって、へとへとです。
 するとどこからか、やさしい
こえこえてました。
 それは、お
けいとなえるこえです。
 その
こえは、おばあさんをやさしくつつみました。
 それはまるで、
はるひかりからだおくからゆっくりとひろがってようです。
「おや、こんなにいい
気持きもちははじめてだ。こころあたたかいよ」
 おばあさんは、
じました。
 するとおばあさんの
から、なみだがどんどんあふれました。
 その
なみだは、おばあさんのこころをきれいにしていくようでした。
 やがてお
けいわるころにはなみだまり、おばあさんのこころはすっきりとれていました。
 おばあさんは、
まれてはじめてわせました。
「きっと
ふつさまが、わしをここへれてくださったんじゃ」
 それからというもの、おばあさんは
村人むらびとたちにやさしくするようつとめました。
 
出来でき手伝てつだいがあれば、自分じぶんからすすんでしました。
 そうすればするほど
こころあたたかくなるのを、おばあさんはったのです。
 おばあさんは、もう
一人ひとりぼっちではありません。
 いつも
村人むらびとたちにかこまれる、こころやさしいおばあさんになったのです。

 さて、その
ことがあってから、布引山ぬのびきやまにはしろいすじがられるようになりました。
 それはおばあさんの
しろぬのっかけてはしってったうししろぬのやまのこして、それがそのまましろいわになったのだとわれています。

おしまい

 
 
 
 
 
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