昔話ー章1ー第5

章1-第 5

 

聴:

 

ネコのおけさ節

 

ネコのおけさ節

 

むかしむかし、佐渡島の海辺に、ネコ好きのおばあさんがいました。

 若い頃から一人暮らしですが、いつも十数匹のネコを飼っています。
 ところが年を取るにつれて貯金もなくなり、その日の食べる物にさえも不自由するようになりました。
 その為に、たくさん飼っていたネコたちも次々と逃げ出して、ついには古くからいた三毛ネコ一匹しか残りませんでした。
 おばあさんはこの三毛ネコを今まで以上に可愛がり、自分が食べない日はあっても、ネコの食べ物だけは毎日用意しました。
  しかし、いつしかその食べ物にも困るようになったので、ある日おばあさんはネコに言いました。
「ごらんの通りの貧乏暮らしで、お前にエサをやれんようになってしまった。
 だからといって家出をしたり、よその家に行って食べ物を欲しがったりしないでおくれ。
 お前は、わたしのたった一つの生きがいなのだから」
 ところが次の日、そのネコも姿を消してしまいました。
(ああ、何て事だろう。あれほど可愛がっていたネコに見捨てられるなんて。貧乏すると人ばかりか、ネコにまで嫌われてしまうのか)
 おばあさんは、思わず涙をこぼしました。
 誰もいない家の中でボンヤリと座っていたら、突然、美しい娘が訪ねて来て言いました。
「おばあさん、わたしはおばあさんに可愛がってもらった三毛ネコです。今まで、何のお役にも立ちませんでしたが、どうぞ恩返しをさせて下さい」
と、言うではありませんか。
 おばあさんはビックリして娘を見ましたが、どこから見ても人間の姿で、とてもネコが化けているとは思えません。
「お前、そんな姿になって、何をしようというのかい? わたしの事なら心配しなくても大丈夫だからね」
「いいえ、このままではおばあさんが可愛そうです。何でも、江戸の方から芸者になる娘を探しに来ているという噂を聞きました。どうか、江戸の男にわたしを見せて下さい。きっと、たくさんのお金で買ってくれるでしょう」
 娘に化けたネコが、あまりにも熱心に言うので、
「そこまで、わたしの事を心配してくれるとは・・・」
と、おばあさんはネコの申し出を受ける事にしました。
 やがて、おばあさんの村へ江戸の男がやって来て、娘を見るなり、
「なんてきれいな娘だ。こりゃ間違いなく、江戸でも指折りの芸者になれるぞ」
と、言って、おばあさんにたくさんの金を渡して、娘を江戸へ連れて行きました。

 それから何ヶ月かあと、江戸の深川(ふかがわ)の料理屋に、おけさと名乗る芸者が現れました。
 そのあでやかな美しさは、まるで名人が描いた絵から抜け出たようです。
 しかも、おけさの歌う歌は江戸では珍しいもので、人々からは『おけさ節』と呼ばれて、たちまち町中の評判(ひょうばん)になりました。
 そんなおけさを一目見たいという客が増えて、おけさのいる料理屋は毎晩大変な賑わいとなりました。

 ある晩の事、その料理屋へ船乗りたちを引き連れた船頭(せんどう)がやって来て、
「金ならいくらでも出すから、おけさを呼んでくれ」
と、言うのです。
「お呼びいただいて、ありがとうございます」
 おけさが部屋に行くと、部屋はたちまち花が咲いた様に華やかになり、とても賑やかな酒盛りが始まりました。
 やがて
三味線(しゃみせん)が鳴り、おけさの歌う「おけさ節」が流れます。
「よよっ、いいぞ、いいぞ」
 おけさ節に合わせて船乗りたちが踊り、踊っているうちに酒の酔いが回って、一人、また一人と酔い潰れ、酒盛りが終わった時には、みんな大の字になっていました。
 飲み過ぎた船頭は、はうようにして隣の部屋へ行き、布団の中へ潜り込みました。

 さて、夜中にふと目を覚ました船頭の耳に、酒盛りをした部屋から、何かを噛み砕く様な音が聞こえてきました。
(はて、何の音だろう?)
 不思議に思った船頭が、しょうじのすきまからそっと中をのぞいてみると、何と芸者姿の大きなネコがキバをむき、食べ残した魚の頭をかじっているではありませんか。
 その着物はどう見ても、おけさの着ていたものです。
 ビックリした船頭は、あわてて床の中へ潜り込みました。
 すると、それに気づいたおけさが船頭のそばへ来て、
「今見た事は、誰にも言わないで下さいね。もし人にしゃべったら、ただではおきませんからね」
と、言ったのです。
「わ、わかった。誰にも言わない」
 船頭は、ブルブルと震えながら答えました。

 次の朝、船頭と船乗りたちは料理屋を出て浜に向かいました。
 海は静かで空には雲一つなく、船旅には絶好の日よりです。
「それっ!」
 船頭のかけ声とともに、船はゆっくりと動き始めました。
 やがて船乗りたちが、一か所に集まってゆうべの話を始めます。
「いやあ、ゆうべは楽しかったな。それにしても、芸者のおけさのきれいな事」
「そうよ。さすがは江戸だ。おら、あんなにきれいで歌のうまい芸者は見た事がない」
 そこへ船頭もやって来て、つい口を滑らせたのです。
「お前たち、あの芸者の正体を知っているのか?」
「正体だって?」
「実はな、あの芸者はネコが化けたものだ」
と、ゆうべの出来事を、詳しく話して聞かせました。
「まさかそんな。とても信じられない」
「まだ、酒に酔っているのと違うか?」
 船乗りたちが首をかしげていると、今まで晴れていた空に突然黒雲がわき出し、見る見るうちに船へと近づいてきます。
「大変だ、嵐が来るぞ!」
 船乗りたちがそれぞれの持ち場へ行こうとした時、黒雲の上から大きなネコが現れて、いきなり船頭を引きずり上げると、そのまま雲の中へ消えてしまったのです。
 同時に海は激しい嵐となり、船は木の葉のようにゆれて、船乗りたちは生きた心地がしません。
「どうか、どうかお助けを。今の事は決してしゃべりませんから!」
 船乗りたちが船にしがみつきながら必死で叫ぶと、やがて嵐が治まりました。

 

しかし船頭は空へ引きずりあげられたまま、二度と戻っては来なかったそうです。

 

おしまい

 

ふりがな

 

聴:

 

ネコのおけさ節

 

ネコのおけさ節

むかしむかし、佐渡さどがしま海辺うみべに、ネコきのおばあさんがいました。

 わかころから一人暮ひとりぐらしですが、いつもじゅうすうひきのネコをっています。
 ところが
としるにつれて貯金ちょきんもなくなり、そのべるものにさえも不自由ふじゆうするようになりました。
 その
ために、たくさんっていたネコたちも次々つぎつぎして、ついにはふるくからいたさんもうネコいちひきしかのこりませんでした。
 おばあさんはこの
さんもうネコをいままで以上いじょう可愛かわいがり、自分じぶんべないはあっても、ネコのものだけは毎日まいにち用意よういしました。
  しかし、いつしかその
ものにもこまるようになったので、あるおばあさんはネコにいました。
「ごらんの
とおりの貧乏びんぼうらしで、おまえにエサをやれんようになってしまった。
 だからといって
家出いえでをしたり、よそのいえってものしがったりしないでおくれ。
 お
まえは、わたしのたったひとつのきがいなのだから」
 ところが
つぎ、そのネコも姿すがたしてしまいました。
(ああ、
なにことだろう。あれほど可愛かわいがっていたネコに見捨みすてられるなんて。貧乏びんぼうするとひとばかりか、ネコにまできらわれてしまうのか)
 おばあさんは、
おもわずなみだをこぼしました。
 
だれもいないいえなかでボンヤリとすわっていたら、突然とつぜんうつくしいむすめたずねていました。
「おばあさん、わたしはおばあさんに
可愛かわいがってもらったさんもうネコです。いままで、なにのおやくにもちませんでしたが、どうぞ恩返おんがえしをさせてください」
と、
うではありませんか。
 おばあさんはビックリして
むすめましたが、どこからても人間にんげん姿すがたで、とてもネコがけているとはおもえません。
「お
まえ、そんな姿すがたになって、なにをしようというのかい? わたしのことなら心配しんぱいしなくても大丈夫だいじょうぶだからね」
「いいえ、このままではおばあさんが
可愛かわいそうです。なにでも、江戸えどほうから芸者げいしゃになるむすめさがしにているといううわさきました。どうか、江戸えどおとこにわたしをせてください。きっと、たくさんのおかねってくれるでしょう」
 
むすめけたネコが、あまりにも熱心ねっしんうので、
「そこまで、わたしの
こと心配しんぱいしてくれるとは・・・」
と、おばあさんはネコの
もうけることにしました。
 やがて、おばあさんの
むら江戸えどおとこがやってて、むすめるなり、
「なんてきれいな
むすめだ。こりゃ間違まちがいなく、江戸えどでも指折ゆびおりの芸者げいしゃになれるぞ」
と、
って、おばあさんにたくさんのかねわたして、むすめ江戸えどれてきました。

 それから
なんヶ月かげつかあと、江戸えど深川ふかがわ料理りょうりに、おけさと名乗なの芸者げいしゃあらわれました。
 そのあでやかな
うつくしさは、まるで名人めいじんえがいたからたようです。
 しかも、おけさの
うたうた江戸えどではめずらしいもので、人々ひとびとからは『おけさぶし』とばれて、たちまち町中まちなか評判ひょうばんになりました。
 そんなおけさを
一目いちもくたいというきゃくえて、おけさのいる料理りょうり毎晩まいばん大変たいへんにぎわいとなりました。

 ある
ばんこと、その料理りょうり船乗ふなのりたちをれた船頭せんどうがやってて、
かねならいくらでもすから、おけさをんでくれ」
と、
うのです。
「お
びいただいて、ありがとうございます」
 おけさが
部屋へやくと、部屋へやはたちまちはないたようはなやかになり、とてもにぎやかな酒盛さかもりがはじまりました。
 やがて
三味線しゃみせんり、おけさのうたう「おけさぶし」がながれます。
「よよっ、いいぞ、いいぞ」
 おけさ
ぶしわせて船乗ふなのりたちがおどり、おどっているうちにさけいがまわって、いちにん、またいちにんつぶれ、酒盛さかもりがわったときには、みんなだいになっていました。
 
ぎた船頭せんどうは、はうようにしてとなり部屋へやき、布団ふとんなかもぐみました。

 さて、
夜中やちゅうにふとました船頭せんどうみみに、酒盛さかもりをした部屋へやから、なにかをみくようおとこえてきました。
(はて、
なんおんだろう?)
 
不思議ふしぎおもった船頭せんどうが、しょうじのすきまからそっとちゅうをのぞいてみると、なん芸者げいしゃ姿すがたおおきなネコがキバをむき、のこしたさかなあたまをかじっているではありませんか。
 その
着物きものはどうても、おけさのていたものです。
 ビックリした
船頭せんどうは、あわててゆかなかもぐみました。
 すると、それに
づいたおけさが船頭せんどうのそばへて、
こんことは、だれにもわないでくださいね。もしひとにしゃべったら、ただではおきませんからね」
と、
ったのです。
「わ、わかった。
だれにもわない」
 
船頭せんどうは、ブルブルとふるえながらこたえました。

 
つぎあさ船頭せんどう船乗ふなのりたちは料理りょうりはまかいました。
 
うみしずかでそらにはくもひとつなく、船旅ふなたびには絶好ぜっこう(ぜっこう)のよりです。
「それっ!」
 
船頭せんどうのかけごえとともに、ふねはゆっくりとうごはじめました。
 やがて
船乗ふなのりたちが、いちしょあつまってゆうべのはなしはじめます。
「いやあ、ゆうべは
たのしかったな。それにしても、芸者げいしゃのおけさのきれいなこと
「そうよ。さすがは
江戸えどだ。おら、あんなにきれいでうたのうまい芸者げいしゃことがない」
 そこへ
船頭せんどうもやってて、ついくちすべらせたのです。
「お
まえたち、あの芸者げいしゃ正体しょうたいっているのか?」
正体しょうたいだって?」
じつはな、あの芸者げいしゃはネコがけたものだ」
と、ゆうべの
出来事できごとを、くわしくはなしてかせました。
「まさかそんな。とても
しんじられない」
「まだ、
さけっているのとちがうか?」
 
船乗ふなのりたちがくびをかしげていると、いままでれていたそら突然とつぜん黒雲くろくもがわきし、るうちにふねへとちかづいてきます。
大変たいへんだ、あらしるぞ!」
 
船乗ふなのりたちがそれぞれのこうとしたとき黒雲くろくもうえからおおきなネコがあらわれて、いきなり船頭せんどうきずりげると、そのままくもなかえてしまったのです。
 
同時どうじうみはげしいあらしとなり、ふねのようにゆれて、船乗ふなのりたちはきた心地ここちがしません。
「どうか、どうかお
たすけを。いまことけっしてしゃべりませんから!」
 
船乗ふなのりたちがふねにしがみつきながら必死ひっしさけぶと、やがてあらしおさまりました。


 しかし船頭せんどうそらきずりあげられたまま、二度にどもどってはなかったそうです。

おしまい

 

 

 

NHẬN XÉT

 
 

 
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